安全記録を回す|ヒヤリハット・教育・苦情の使い方
公開 2026年8月21日/更新 2026年10月3日
目次12項目
安全に関する記録は、集めるところまでは進みやすい部類です。止まりやすいのは、そのあとです。集めた記録が、次の行動につながらないまま溜まっていきます。
ヒヤリハット報告、乗務員教育記録、苦情処理簿。この3つは、つなげて回すと働き方が変わってきます。
- 1 ヒヤリハット 現場で起きたことを集める
- 2 苦情処理簿 外から見た自社を集める
- 3 教育の題材 集めた材料から選ぶ
- 4 教育記録 実施した内容を残す
一般に、この3つは別々の書類として扱われています。ポイントはここです。前の2つが材料で、最後の1つが結果という関係になっています。
安全記録の3つの柱|ヒヤリハット・教育記録・苦情処理簿
安全記録にあたるヒヤリハット報告・乗務員教育記録・苦情処理簿は、集める向きがそれぞれ違います。
一方、ヒヤリハット報告は、現場の内側から集める記録です。事故には至らなかったが、危なかったこと。運転者が体験したことが材料になります。
苦情処理簿は、外側から集める記録です。荷主や一般の方から寄せられた声。自社が外からどう見えているかが分かります。
乗務員教育記録は、実施した結果を残す記録です。何を、いつ、誰に、どう伝えたか。つまり、材料が2種類あって、出口が1つという形になります。
この関係が分かっていると、教育の題材に困らなくなります。題材が思いつかないという相談は多いのですが、たいていの場合、材料は自社の中にあります。集めた記録を見ていないだけ、という状態です。
乗務員教育の題材は自社の記録から選ぶ
乗務員教育の題材は、たいてい自社の記録の中にあります。外から探すと、一般論になります。「安全運転を心がけましょう」「車間距離を取りましょう」。間違ってはいませんが、聞く側には自分の話として届きません。
自社の材料を使うと、話が変わります。「先月、うちの現場でこういうことがありました」という入り方だと、全員が同じ場所を思い浮かべます。
外から持ってきた題材
- 一般論になる
- 他人事として聞かれる
- 毎回同じ内容になる
自社の記録から選ぶ題材
- 具体的な場所が出る
- 自分の話として届く
- 毎回内容が変わる
ヒヤリハット報告が3か月分そろうと、傾向が出てきます。同じ交差点、同じ時間帯、同じ作業。繰り返し出てくるものが、そのまま題材になります。
事故の記録も材料のひとつです。報告対象になる事故の考え方は事故報告が必要な事故とはにまとめています。
材料の使い方には、少しコツがあります。そのまま読み上げると、報告の共有で終わります。「先月はこういう報告が3件ありました」という形です。
一歩進めるには、その場面で何が見えていたかを聞く形にします。「この交差点で、対向車はどう見えていましたか」と問いかけると、経験の違う人から別の見え方が出てきます。
出てきた話を、次のヒヤリハットの材料として残します。そのうえで、教育の場が材料を集める場にもなります。
もうひとつ、良かった対応を取り上げる方法もあります。危ない場面を避けられた事例です。避けられた理由が共有されると、対策として使えます。危なかった話だけを集めていると、場の空気が重くなりやすい部分もあります。
ヒヤリハットが集まらないときにやること
ヒヤリハットが集まらないという相談は、よくあります。原因は、たいてい3つのどれかです。
ひとつめが、書くのが面倒な様式になっている場合です。A4に細かい欄が20個並んでいると、書く気になりません。日付、場所、何があったか、この3つだけの形にすると、提出数が変わります。
ふたつめが、書いたら責められる空気がある場合です。「なぜそんな運転をしたのか」と聞かれると、次から書かれなくなります。ヒヤリハットは、失敗の告白ではなく、情報の提供として扱う必要があります。
みっつめが、書いたものが使われていない場合です。出しても何も起きない状態が続くと、書く意味がなくなります。
集まらないときは、集める側の運用を見直すのが早道になります。月に一度、集まった報告から1つを取り上げて、朝礼で共有する。それだけで、提出数は変わってきます。
苦情処理簿は匿名の苦情も記録する
苦情処理簿は、寄せられた苦情の内容、発生した日時、対応した内容を記録しておくものです。貨物自動車運送事業法と輸送安全規則には、苦情処理簿という帳簿の様式や備え付けの定めは見当たりません。ただし、荷主などから地方実施機関(各都道府県のトラック協会)に苦情の申出があったときは、事業者に説明や資料の提出が求められることがあり、正当な理由なく拒めないとされています(貨物自動車運送事業法第39条の2)。記録が残っていれば、そのときにすぐ答えられます。
実務でつまずくのが、匿名の苦情や、些細に見える苦情の扱いです。「相手が名乗らなかったから記録しない」という運用にしている事業所があります。この形だと、外から見えている問題が記録に残らなくなります。
匿名であっても、苦情があった事実は記録に残します。内容が些細に見えても同じです。「路上での駐車が邪魔だった」という声は、そこで実際に停めているという事実を示しています。
苦情処理簿に残しておく項目は、次のような形です。
| 項目 | 書くこと |
|---|---|
| 受付日時 | いつ寄せられたか |
| 受付方法 | 電話・メール・直接など |
| 申出者 | 分かる範囲で(匿名可) |
| 内容 | 何があったか |
| 対応 | どう答えたか、何をしたか |
| 再発防止 | 何を変えるか |
苦情は、外からしか見えないことを教えてくれる材料でもあります。社内では当たり前になっていることが、外からは問題に見えている。この差は、苦情がないと気づけません。
乗務員教育記録に残す5つの項目
乗務員教育記録は、実施した事実を残すための記録になります。輸送安全規則第10条第1項では、運転者への指導と監督について、日時、場所、内容、行った者、受けた者を記録し、営業所で3年間保存することが定められています。残しておく項目は、次の5つです。
- 実施日時
- 実施した場所
- 実施した内容(何を伝えたか)
- 対象者(誰が受けたか)
- 実施者(誰が行ったか)
場所の欄は抜けやすい項目です。朝礼や点呼の場で伝えた場合も、営業所名や会議室などを書いておきます。
このうち、内容の欄が「安全教育」とだけ書かれている記録が多く見られます。これだと、何を伝えたかが分かりません。3年後に見返したときに、材料として使えなくなります。
内容の欄は、外から読んで分かる程度に書いておくのが良いです。「交差点での右折待ちについて。先月のヒヤリハット3件をもとに、対向車の見え方を確認した」という程度で足ります。
対象者の欄も、参加した人の氏名を残します。人数だけだと、誰が受けていないかが分かりません。参加できなかった人には、後日あらためて実施します。その記録も残しておくと、全員が受けた形になります。
乗務員教育記録は、年間の計画とあわせて持っておくと管理しやすくなります。
特別な指導の対象者と期限
特別な指導は、一般の指導とは別に、対象者が決まっている指導になります。輸送安全規則第10条第2項で、対象になるのは次の運転者とされています。
- 死者または負傷者が出た事故を起こした運転者(事故惹起運転者)
- 運転者として新たに雇い入れた人(初任運転者)
- 65歳以上の運転者(高齢運転者)
それぞれ、実施する時期や内容が国土交通省の告示(指導監督指針)で定められています。あわせて適性診断を受けさせることも求められています。
| 対象 | 特別な指導の時期 |
|---|---|
| 事故惹起運転者 | 事故のあと、再び乗務する前(やむを得ない場合は乗務開始後1か月以内) |
| 初任運転者 | 初めて乗務する前(やむを得ない場合は乗務開始後1か月以内) |
| 高齢運転者 | 適齢診断の結果が分かってから1か月以内 |
ここは、期限の管理が要る部分です。原則は「乗務の前」なので、人が入った日や事故の日に動き出さないと間に合いません。日々の業務の中では、忘れられやすくなります。
適性診断受診管理表で、対象者と期限を一覧にしておくやり方が広く使われています。新しく人が入ったとき、事故があったとき。この2つの場面で、管理表に1行足す習慣があると、取りこぼしが減ります。
適性診断の結果そのものは、扱いに注意が要ります。診断の内容には、健康や特性にかかわる情報が含まれます。管理表に書いておくのは、受診した日と次回の期限までにしておくのが良いです。
結果の書面は、別に分けて保管します。閲覧できる人を決めておくと、扱いが安定します。そのうえで、指導の場面でも、結果をそのまま読み上げる形は避けたほうが良いです。本人と個別に話す形にすると、伝わり方も変わります。
高齢の運転者への指導では、年齢を理由にした言い方にならないよう気をつけたい部分があります。診断の結果に沿って、具体的な場面の話にすると受け取りやすくなります。
安全記録は四半期に一度見返す
安全記録は、四半期に一度まとめて見返す形が扱いやすくなります。毎月だと件数が少なく、傾向として読めません。一方で、年に一度だと、思い出すところから始まります。
- 毎月1件を朝礼で共有する
- 四半期多いものを3つ選んで題材にする
- 3年指導の記録を営業所で保存する
見返す作業は、そう重くありません。3か月分のヒヤリハットと苦情を並べて、多いものを3つ選ぶ。それが次の四半期の教育の題材になります。
安全会議議事録に、選んだ理由も一緒に書いておくと、次に見た人が経緯をたどれます。
こうして回り始めると、教育の題材を探す時間がなくなります。材料のほうが先に集まっている状態になるためです。
ヒヤリハットと苦情の記録を安全に保つ
ヒヤリハットと苦情の記録には、個人にかかわる情報が入ります。ヒヤリハットには、誰がどこで危ない思いをしたかが書かれます。苦情には、相手方の名前や連絡先が入ることがあります。
社内で共有する場合は、名前を外した形にしておくのが良いです。「Aさんが起こしたヒヤリハット」として共有されると、次から出てこなくなります。「先月、こういう場面がありました」という形にすると、材料としてだけ使えます。
そのうえで、原本は閲覧できる人を限って保管します。共有する資料は、名前を外したものを別に作る。この2段にしておくと、両方が成り立ちます。
苦情の記録も同じです。対応の経緯を残す必要はありますが、相手方の個人情報を全員が見られる場所に置く必要はありません。保管の場所と、開ける人。この2つを決めておくだけで、扱いの不安が減ります。
安全記録を小さく始める順番
安全記録を3つ同時に整える進め方は、負担が大きくなります。始めるなら、ヒヤリハットの様式を軽くするところからが早道です。
日付、場所、何があったか。この3つだけの紙を、点呼の場所に置いておく。書きたい人が書ける状態にするだけで、月に数枚は集まります。
集まり始めたら、月に一度、朝礼で1件を共有します。この時点で、教育の題材が1つできています。
共有したことは、教育記録に残します。「朝礼にて、ヒヤリハット1件を共有」という程度で構いません。これで、集める記録と残す記録がつながった形になります。
苦情処理簿は、寄せられたときにすぐ書けるよう、様式だけ先に用意しておきます。件数が多い書類ではないため、寄せられたときに書ける状態にしておけば足ります。
いきなり完成形を目指さずに、つながる形を1つ作る。そこから増やしていくやり方のほうが、途中で止まりにくくなります。
半年ほど回してみると、教育の中身が去年と変わっていることに気づきます。そこまで来ると、記録が仕事の一部になっています。集めることが目的だった状態から抜けられると、扱いはずいぶん軽くなります。
書く人が意味を感じているかどうかは、提出数に出ます。数が落ちてきたら、使い方の側を見直す合図だと考えておくと良いです。責める材料にしないこと。この一点が守られていれば、記録は集まり続けます。
安全記録にかかわる最近の動き(2026年10月時点)
安全記録のうち、法令で書き方が決まっているのは、指導と監督の記録、事故の記録、業務の記録です。2024年から2025年にかけて、このうち業務の記録と特別な指導の範囲が広がりました。
| 時期 | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 2024年10月1日 | 輸送安全規則と指導監督指針の改正が公布された | 国土交通省 リーフレット、指導監督指針の新旧対照表 |
| 2025年4月1日 | 荷主の都合による荷待ちや荷役作業を業務の記録に書く対象が、車両総重量8トン以上などの車両から全車両に広がった | 輸送安全規則第8条 |
| 2025年4月1日 | 四輪以上の軽自動車で運ぶ貨物軽自動車運送事業者も、特別な指導と適性診断の対象になった。それ以前に届け出ていた事業者は2028年3月31日まで経過措置がある | 輸送安全規則第10条第2項・附則 |
安全記録の中心になる指導と監督の記録は、日時、場所、内容、行った者、受けた者を書き、営業所で3年間保存する形のまま変わっていません(輸送安全規則第10条第1項)。変わったのは、記録する対象の広さです。軽自動車を使う部門がある会社や、小さい車両が多い会社ほど、見直す範囲が広くなります。
出典:
確認日は2026年10月3日です。自社の記録の扱いは、所管の運輸支局(輸送部門)で確かめられます。
安全記録に出てくる用語
安全記録の資料には、法令で決まった言葉と、現場の言葉が混ざって出てきます。
| 用語 | 意味 | 出典 |
|---|---|---|
| ヒヤリハット | 事故には至らなかったが、危なかった出来事。法令上の定義はない | なし(現場の言葉) |
| 一般的な指導及び監督 | すべての運転者に行う指導。日時・場所・内容・行った者・受けた者を記録し3年保存 | 輸送安全規則第10条第1項 |
| 特別な指導 | 事故惹起運転者、初任運転者、高齢運転者(65歳以上)に行う指導 | 輸送安全規則第10条第2項 |
| 適性診断 | 国土交通大臣が認定した診断。初任診断、適齢診断、特定診断などがある | 輸送安全規則第10条第2項、指導監督指針 |
| 事故の記録 | 事故の日時・場所・概要・原因・再発防止対策などを記録し、営業所で3年保存 | 輸送安全規則第9条の2 |
| 運転者等台帳 | 運転者ごとの台帳。特別な指導の実施と適性診断の受診の状況も書く | 輸送安全規則第9条の5 |
| 苦情処理簿 | 寄せられた苦情と対応を残す記録。法令上の定義はない | なし |
用語でいちばん混ざりやすいのが、ヒヤリハットと事故の記録です。事故の記録は第9条の2で項目と保存期間が決まっていますが、ヒヤリハットには決まりがありません。同じ様式で集めると、残すべき期間が分からなくなります。
安全記録と一緒に押さえておきたいこと
安全記録は、特別な指導の内容を運転者等台帳に残す
特別な指導をしたときは、実施した年月日と指導の具体的な内容を運転者等台帳に書くか、年月日を台帳に書いたうえで内容を書いた書面を添付するとされています(指導監督指針 第二章)。適性診断も、受診した年月日と結果を記録した書面を台帳に添付する形です。教育記録だけに書いて台帳に何も無い状態だと、巡回指導などで台帳を見たときに実施が分かりません。
安全記録の中で、事故の記録は物損も対象になる
輸送安全規則第9条の2の事故の記録は、事故報告規則で国に報告する事故だけでなく、道路交通法上の交通事故も対象とされています(同規則第8条第1項第9号の定義による)。ヒヤリハットと事故の境目が曖昧なまま集めていると、記録すべき事故がヒヤリハットの束に紛れることがあります。報告の段階で「事故」か「ヒヤリハット」かを分けて受け取る形にしておくと、仕分けが楽になります。
安全記録は、200両以上なら安全管理規程の仕組みとつなぐ
事業用自動車が200両以上の事業者は、安全管理規程を定めて届け出ることとされています(貨物自動車運送事業法第14条、輸送安全規則第2条の3)。ヒヤリハットや苦情の集計は、その中で安全の取組みを見直す材料にできます。200両に届かない会社でも、同じ考え方で四半期ごとの見返しを議事録に残しておくと、取組みの経緯が説明しやすくなります。

よくある質問
ヒヤリハットの記録に保存期間はありますか。
ヒヤリハット報告そのものに保存期間の定めはありません。ただし運転者への指導の題材として使い、指導の記録に残した場合、その指導の記録は営業所で3年間の保存が求められます(輸送安全規則第10条第1項)。
苦情が1件も無い場合、苦情処理簿は不要ですか。
貨物自動車運送事業法と輸送安全規則には、苦情処理簿の様式や備え付けの定めは見当たりません。ただし、トラック協会(地方実施機関)に苦情の申出があったときは、説明や資料の提出を求められることがあります(同法第39条の2)。件数がゼロでも様式は用意しておき、寄せられたときにすぐ書ける形にしておくと安心です。
特別な指導はいつまでに行いますか。
事故惹起運転者は再び乗務する前、初任運転者は初めて乗務する前が原則で、やむを得ない場合は乗務開始後1か月以内とされています。高齢運転者は適齢診断の結果が分かってから1か月以内です(指導監督指針)。